PwCアドバイザリー・パートナー福谷尚久氏は、M&A黎明期から業界再編や敵対的買収防衛といった先駆的な案件に20年以上にわたり携わってこられた日本を代表するM&Aバンカーだ。
今回は、投資銀行、GCAグループを経て世界4大会計事務所の一つであるPwCのメンバーファームへ参加するに至った経緯や、国境を越えたディール、異文化コミュケーションをキャリア論とからめながら語って頂いた。(敬称略)
福谷尚久|Naohisa Fukutani
PwCアドバイザリー・パートナー
シニアアドバイザー
国際基督教大学(ICU)教養学部卒、コロンビア大学MBA(Beta GammaSigma会員)、筑波大学大学院法学修士、オハイオ州立大学大学院政治学修士。国際連合(国際平和年事務局・ニューヨーク)勤務を経て、1987年三井銀行(現・三井住友銀行)入行。さくら銀行事業開発部、同行投資銀行DC企画米国代表(ニューヨーク)を経て、2001年大和証券SMBC(シンガポール)コーポレートファイナンスヘッド兼アジア太平洋地区M&A統括。2005年3月GCA入社。マネージングディレクター、基師亜(上海)投資諮詢有限公司(中国現法)董事長、GCA Savvian India Investment Advisers Private Limited(インド現法)取締役などを歴任。2015年7月パートナーとしてPwCアドバイザリー合同会社入社。
はじめに
アジアM&A事業立ち上げに携わるようになった経緯について教えてください
福谷氏:銀行では直前までニューヨークに赴任しており、会社からはそのままニューヨークかロンドンに駐在しないかと打診されたのですが、アジアでM&Aのニーズがあることは分かっていました。
当時、日本の大手証券会社や邦銀はまだ実質的にどこもM&Aの拠点を置いておらず、現地でM&Aのニーズがあっても取りこぼすという状況でした。例えるならば、目の前に漁場が広がっているのに漁師がいないようなものです。新しい場所でM&A業務を立ち上げてみたいという思いもありました。
そこで、私は自ら手を挙げて三井住友銀行と大和証券グループのアジアM&A案件を統括する立場として、シンガポールに赴任し顧客開拓から始めました。両社のシンガポールをはじめとしたアジア各国の拠点で勉強会を開いたり、ケーススタディなどを載せた“かわら版”をA4一枚にまとめて配ったりもしました。
そうしていくうちに、会社を売却したいという相談が来たり、現地企業を買収したいという日本の大企業からも声がかかったりするようになりました。
独立系企業の草創期から上場まで経験
その後、独立系専業M&AアドバイザリーファームのGCAにほぼ創業時から携わり、再び一からのスタートとなりました。
福谷氏:当時のさくら銀行や大和SMBCで自分がやったことを振り返ると、金融機関のM&A部を独立させて成長させたというイメージです。
GCAでは会社のウェブサイト作るところから始め、東証マザーズへの新規上場~東証1部までの成長過程を経験しました。当時数人しかいない会社がどうなっていくか、そして日本のM&A市場の成長に対する強い期待感がありました。
仕事としてはこれまで日本で実績のない“初モノ”といえる案件への取り組みが好きで、振り返ると前任者から引き継いで仕事をした経験は、銀行に入って最初の4年間くらいでした。
これまでのキャリアを振り返られて、会社を辞めて他社へ移るという転機はどのように訪れると考えますか。
福谷氏:やはり、自分が「こうなりたい」ということや、価値観にも照らし合わせて「今やっていることは何か違うな」などと違和感を覚えたら、そこはターニングポイントになるのではないでしょうか。この仕事は楽しいのか、納得できるものなのか、など、今自分のやっていることについて自問した時ではないでしょうか。
それから、私の場合はこうしたタイミングでなんとなく、「うちに来ないか」という囁きが来るのです。一から何かを立ち上げるということを、おおよそ10年くらいの周期で無性にやりたくなるんですね。
PwCアドバイザリーにお声がけ頂いたのも、こうしたタイミングでした。
キャリアとは、振り返った時にできているもの
今の若い金融パーソンにキャリアについて声をかけるとしたらどんなメッセージを伝えたいですか。
福谷氏:あまり、「いつまでにこれをやらないといけない」とか、他人と比べてあせるという必要はないと思います。キャリアを本当に大切にしたいのであれば、目の前にあるものに一生懸命取り組みいろいろなもの残し、積み重ねていくことが必要です。キャリアというものは、ある時ふと後ろを振り返ったらできているようなものです。日々努力を続ける、その繰り返しだと思います。
若い頃から常に、リソースや条件、状況のせいにしないで、何も無いところから発想すると言う癖をつけておくことが大切です。
多少若い人たちに対して辛口に言うと、最近「会社にはどういう教育制度があるのか」「会社はどういうことをしてくれるのか」といった質問が多いのが気になります。繰り返しになりますが、「会社があなたに提供してくれることは何も無い」というぐらいの心構えで行動し、自分で何かをつかみに行く方が、後々よっぽどためになると思います。
人生はおおよそ予定通りにはいきません。ただし、常に自分でアンテナを高く立てておいて、何かにピンと触れたら躊躇せずにつかめるようにしておくことは大切です。
歴史を知り、異文化への理解を深める
若いうちから学んでおくべき事については、どうお考えですか。
福谷氏:若い人たちには外国人と仕事をするなら「歴史を知らないとだめだよ」と言っています。広い意味での教養ですね。私が手がけているM&Aの仕事は世界中の人を相手にします。対象となる国、あるいはそこの人々がどのような経緯で今に至っているのかを知ることで関係構築がスムーズになります。
キリスト教的な倫理観といった宗教、哲学の観点や、その国の発展経緯、人種ごとに好まれる話題等々、広く知っておいたら便利です。
私自身も、毎日知らないことを一つでも知りたいと思っていますし、若い人から教えてもらうことも多いです。ただし、好奇心を持つと言っても散漫ではいけないと思います。幅広い知識を身につけながらも、自分の仕事として何か掘り下げたものを身につけておくことも必要でしょう。
(聞き手=堀江大介)